不成の美学

ゆるり将棋会

2019年11月20日 21:32

トークイベント『詰将棋の魔法』で解説された詰将棋の中から、上間優さんの作品をひとつご紹介します。手順を少しずつ進めたので、記事が長くなってしまいましたがご了承ください。


問題図はこちら。1995年8月「将棋世界」誌に掲載された作品とのこと。
少し自力で考えてみてから解説を読むほうが楽しめるかと思います。



<問題図>

攻め方には飛車も馬もいて、相手玉はほぼ裸同然なので、すぐに詰みそうな気がします。だがしかし・・・


ぱっと見、有効そうな王手は▲9四歩か▲6三飛成のふたつです。
▲9四歩は△9二玉と引かれて後が続かないので、ここはひとまず▲6三飛成と自然に王手してみましょう。<a図>



<a図>

この王手に対して、△9二玉と逃げるのは、以下▲9三歩△8二玉▲7三龍で詰みます。<b図>



<b図>

▲6三飛成の王手<a図>に対して、△8二玉と逃げるのも、▲7三馬△9三玉▲8三馬が一例で詰みです。<c図>



<c図>


また▲6三飛成の王手<a図>に対して、8三に合駒をするのは、何を合駒しても(歩は二歩なので打てません)詰みます。一例として△8三香と合い駒してみます。<d図>


<d図>

d図以下、▲9四歩△9二玉(△8二玉は▲7三と以下詰み)としてから▲8三龍と取り△同玉▲7三と△9二玉と一直線に進みます。<e図>



<e図>

以下、▲9三香までの詰み。持ち駒の香が飛、角、金、銀、桂のいずれでも簡単な1手詰めです。


・・しかしもちろんこれで正解ではありません笑!

▲6三飛成の王手<a図>に対して、絶体絶命の玉方に実は受けの妙手があります。さてなんでしょう・・




<f図>

ここで一度△7三歩と合駒をするのが玉方の唯一の受けです。<f図> 
ん? 一見、悪あがきのような合駒ですが・・・
これは▲同龍と取るしかありません。龍を一路近づけておいて、そこで一転△9二玉と逃げます。<g図>



<g図>

するとあら不思議。今度は▲9三歩という王手が「打ち歩詰め」の反則になってしまいます。かといって持ち駒に歩しかない攻め方にはこれ以上有効な手段がありません(▲7二龍にも△8二歩で逃れています)。なんと玉方は歩の合駒一発で、将棋のルールの隙を突いて詰みを逃れてしまうのです。(ちなみに歩以外の合駒だと▲同龍と取って、以下やはり詰みます。解説は省略します。)

まとめると、初手▲6三飛成<a図>は△7三歩<f図>が受けの好手で詰みません。攻め方は違う初手を考えなくてはなりません。


・・将棋には「打ち歩詰めに詰み有り」という格言があります。数手後に打ち歩詰めになるほど相手玉を追い詰めているのなら、その前に少し工夫をすれば別の詰み筋で上手く詰ますことができるだろうというくらいの意味かと思います。
打ち歩詰を回避するには、攻め方の駒の利きを増やしすぎないようにして攻めるという工夫が必要になります。そのために成れる駒をあえて成らないというテクニックがあります。
今回の詰将棋でも同じように考えます。

これを踏まえて初手からやり直してみましょう。
正解の初手は、通常の思考ではちょっとした盲点に入っていて見えづらくなっています。




<h図>

打ち歩詰め回避の序章として、初手は▲6三飛不成(!)とします。<h図> (「不成」は「ならず」と読みます) この不成の効果は後ほど明らかになります。
これに対して玉が9二や8二に逃げる手や8三に合駒する手は▲6三飛成<a図>以下の変化とほぼ同じ手順で詰みます。
なので玉方は伝家の宝刀△7三歩の合駒を繰り出します。



<i図>

これを▲同飛「成」と取ってしまうと以下△9二玉でg図と同様になり、詰みません。なので▲同飛「不成」(!)と再び不成で取ります。<i図>
この手に対して玉方が8三に合駒をするのは、何を合駒しても△8三合▲9四歩△8二玉(△9二玉はd図以下の変化とほぼ同様で詰み)▲8三飛成△7一玉▲7二歩△6一玉▲6三龍まで、詰みます。<j図> (図では便宜的に桂合い) ちなみにこの順は詰みまで11手で、正解手順より短いので不正解です。




なので▲7三同飛不成<i図>の王手に対して、玉は9二か8二へ逃げることになります。(△8二玉<q図>の変化は一番最後に解説します。)



<k図>

△9二玉には▲9三歩<k図>と打ちます。このとき7三に居る駒が龍ではなく飛なので打ち歩詰めになりません! △8二玉<l図>と逃げられますが攻め方の攻撃もまだ継続できそうです。このための2連続飛「不成」でした。



<l図>

この後は7二に飛を捨てて同玉と取らせ、馬筋を活かして と金で仕留める流れになるのですが、最後にまだ罠があります。
ここで仮に▲7二飛「成」としてしまうと△9三玉と逃げる手が生じてしまいます。<m図>



<m図>

ここで▲9四歩はまたもや打ち歩詰め! しかし他に攻めを継続する良い手がありません。この変化は詰みません。



<n図>

よって△8二玉<l図>の後は▲7二飛「不成」!とまたも不成で捨てます。<n図>



<o図>

以下△9三玉には不成の効果で▲9四歩△8三玉▲7三と まで詰みます。<o図>
△8三玉には▲7三飛成までの詰みです。
飛を成らないことであえて8三へ玉を逃げられるようにして打ち歩詰めを回避し、別の詰み筋で詰ますことに成功しています。



<p図>

さあフィニッシュまであと一息です。
▲7二飛不成<n図>に玉を逃げることができないので、△同玉と取るしかありません。<p図>
以下、馬の利きを活かして、▲7三と△7一玉▲7二歩△6一玉▲6二と まで。<解答図>
初手から数えて13手で詰みとなります。



<解答図>


ここで少し戻って、▲7三同飛不成<i図>の王手に対して、△8二玉と逃げた場合<q図>を解説します。


<q図>

△8二玉<q図>にはやはり▲7二飛不成と王手します。
これに△9三玉はやはり▲9四歩△8三玉▲7三と までo図と同様の詰み。
△7二同玉は本手順と同様に詰みですが「△9二玉▲9三歩」の2手が入っていない分、正解手順より短くなり不正解です。
△8三玉の場合は▲7四と△7二玉(△9三玉は▲7三飛成以下詰み)▲7三と△7一玉▲7二歩△6一玉▲6二とまで詰みですが、11手なので正解手順より短くなり不正解です。



【正解手順】
▲6三飛不成
△7三歩
▲同飛不成
△9二玉
▲9三歩
△8二玉
▲7二飛不成
△同玉
▲7三と
△7一玉
▲7二歩
△6一玉
▲6二と
まで13手詰め


玉方の打ち歩詰めを利用した徹底抗戦に対し、飛車の3連続「不成」で迫り、見事打ち破ることができました。
本作は駒の配置や詰め手順に無駄がなく作意を表現していて、とても完成度が高いように思います。


新ヶ江さんの解説によると、上間さんの作品は、この「打ち歩詰め」とその打開のための「不成」が効果的に取り入れられているのが特徴であるとのこと。イベントで解説していただいた他の作品も確かにそのとおりでありました。
本作も「上間作品でこの配置、この持ち駒なら、大駒を成る手はまず読みません」という解説がありました。


以上、上間優さんの作品をひとつご紹介させていただきました。解説もたぶん間違えてないと思いますが…(汗) 細かい点はご容赦を。
上間作品の魅力の一端が伝われば幸いです。


・・・・・
それから初心者向けに余談ですが、実戦で打ち歩詰めを気にしなければならないケースというのはほとんど発生しないので、成ることで利きが減らない駒(飛、角、歩の3つ)は必ず成ると覚えていて大丈夫です。成ることで利きが減る駒(銀、桂、香)は、局面に応じて成りと不成を使い分けることが必要になります。今回のような「不成」は99%以上詰将棋特有のものですので安心してください笑。(それでも極々まれに実戦でも出現するようです。調べてみると谷川-大山戦の角不成が有名みたいです。)



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イベント 『午後の詰将棋』
12月15日(日) 開催
詳しくは→こちら




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